この世に偶然なんか無い
在るのは必然と運命だ





俺はそう、思うね


























―今は。























  //White insanity//

















ゆらり




心地良い風と共に花弁が柔らかく舞う、春の夜



ふっ…と
大した理由も無く、何とはなしに"外"へ足を向けた


"外"は良い
外見ばかり取り繕った小綺麗な壬生と違い、此処には憎しみも欲望も…人の業が余す事無くさらけ出されて居て、面白い
喜劇も悲劇も、全て揃っている





ふらふらと気の向く侭に山中をさ迷っていたが、やがて視界が開け沢山の花弁に水面を覆われた美しい湖面へ出た



暗闇に映える桜花と水面に映る、薄雲にその身を隠された満月


鏡花水月と言っても過言では無いその景色に、思わず感嘆の息を吐く
手直に生えていた桜の根元に腰を下ろすと、今夜はここらでのんびりしようと決めた









 ひらり









  ゆらり












一筋、風が巻き起こる度に花弁達が誘われるように宙を舞い
漂いながらやがて湖面へと落ちる



そんな終わりのない動作を飽く事無く眺めていた…その時だった

































鏡のような水面が突如、大きな波紋をたてて、割れた

























鼻腔を掠める血の匂い

波紋の中心を気配だけ辿ってみると、確かに呼吸をしている
生き物である"何か"がそこには居た

景色に魅とれて、周りの気配に全く気付かなかった
自分も年だな…と皮肉った嘲笑を浮かべ、僅かに身を構える

…しかし、遊庵の期待とは裏腹に、目の前の"生き物"は此方に全く感心を寄せていない
…と言うより、遊庵の存在に気が付いていない
彼自身に、気配が無い様なものだから至仕方無いが


荒く、苦しそうに呼吸を繰り返す所を見ると、何かから逃げて来たのか…あるいは手傷を追っているからか……

どちらにしても、つまらない

逃げるような、手傷を負うような弱い生き物など例え襲って来たとしても簡単に捻り潰せる
すっかり興が削がれてしまい、遊庵は目の前の存在を無視して再び景色へと視線を向けた

しかし…遊庵の存在に気が付かない"生き物"は血に塗れた体を洗おうとしてか、
水の中へ足を進め知らず知らずに遊庵に近づいていた


気付いていないなら構わないと思っていたが、目の前で何かされていると流石に邪魔だ…


















追い出すか…殺すか













半身起こした所で、それまで満月を覆っていた薄雲が風に流され、引き離れていく
同時に、明るく照らされる湖面


そこで初めて…、遊庵は目の前にいる"生き物"が"人間"である事に気が付いた




熊か何かと思ってい"生き物"は、ずっと細身でずっと華奢で

満月よりも煌やかで美しい金糸を持ち

木々よりもしなやかな曲線を描いた身体付きの女だった


「っ!!」

一瞬、呼吸をするのも忘れていた

横顔は垂れ下がった桜の枝と、長い髪に覆われ分からなかった
だが、闇夜の中に狂い咲く桜をバックに現れた姿は絵画の一つとも怪の一種とも例え難い、
何とも奇妙な妖しさを醸し出している


彼の意識は…風と共に靡く金糸に、艶めくうなじに、白く淡い柔肌に意識を移した所ではっと我に返った


先程から漂い続ける、此の場にそぐわない血の匂い。
それが女の柔肌に付いた無数の切り傷からであると漸く気が付いたのだ



そう言えば此処に来る迄に何度か夜盗と遭遇した。
爪先にこびり付いた赤黒い固まりを眺めながら、そう思い出す
無論、それが遊庵の血液で有るわけがないが






―どうしたらいい?



柄にもなく激しく戸惑っている自分に驚いた
どうしたらいいと考えれば、"何もする必要無い"と、普段ならそう答える
立ち去ろうが、出血多量で死ぬまで観察してようが、自分には何の関係も無い

…呆然とする頭を無理矢理回転させた



(─…関係無い)


深みにハマりそうな足をぎりぎり踏み止まらせ、何とか、立ち去れと体に命じた



「……」

するり…、猫の様に音も無く立ち上がる
留めようと足に絡みつく無数の糸を断ち切るように、鉛のような一歩を踏み出した
不愉快な感情が体中を掻き毟る
一歩踏み出す度にぶちぶちと糸が切れる音が幻聴の様に響いた

















──ふっ























「──っ?!!」



風が、消えた

一瞬、脳内の全ての思考が停止した気がして

自分でも驚く程自然に

あれ程背けていたのに


気が付けば、振りむいていた



「─!!!」


ぞくりと─背筋が逆立った
彼の目に、真っ先に飛び込んできたのは桜でも湖面でも金糸でもましてや女の肌でも無く

果てしない闇と光を秘めエメラルドに輝く双眼

開かれていた瞳は直ぐに薄い瞼に覆い隠された
それと同時に、女の身体は糸が切れたように水中へと崩れ落ちる

スローモーションの様に流れる情景
瞬く間に水中へと引きずり込まれて行く体を止めたのは他でもない

己の両腕だった
無意識に伸ばされたそれはまるで壊れモノでも扱うかのように女の体をそっと抱き止めている


「─は?!」


気が付くのに二秒
理解するのに三分以上


何を‥してる?


此れ以上の関わりを避ける頭と
関わりを断つ事を避ける体
ああ、心と体が合致しないってのはこう言う事かと場にそぐわない暢気な考えが過ぎった


半身浸らせた状態で意識を飛ばした女を抱え、呆然と立ち尽くす
困り果てて見上げた闇の中で、漸く顔を出した満月がまるで遊庵を嘲うかの様に煌々と輝いていた





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2005・5/4



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