雨空の後の







ポツリ ポツリ ポツ







サアァァ──










ゆるゆると、やがて激しい音をたて容赦無く雨粒が降り注ぐ

流石に宿迄は辛いと、途中、近くにあった古寺へ駆込んだ



「あーあー濡れ鼠だな」

張付いた着衣からぽたぽたと水滴を滴らせながら不快そうに髪を掻揚げる
しかし、ゆやの着物は確かに湿り気を帯びて変色しては居るが全身から水を被った様な遊庵程酷くない


走る最中、遊庵はずっと、ゆやを己の体で覆いながら、降頻る雨粒から庇って居た



ゆやもそれに気付いて居た
だからこそ、余計に辛い





どうして、そんなに優しくするの…
















そんなモノ要らないのに









打付ける雨音よりも自分の鼓動が鼓膜に響いて煩かった
繋がれたはずの空は相変わらず遠くて、到底届かない







彼の様に





「─―っ」

堰を切った様に、切ない様な遣る瀬無い様な不安定な情緒が一気に溢れ出た
ずっと、最奥にひた隠していた想いが雨と混じってぽろぼろ零れ落ちる


もう嫌だ。
子供扱いする遊庵も窒息しそうな想いも捻くれた感情も幼い自分も。






大嫌いだ。








「─おい、どうした?」








やめて




「傷口が開いたか…?濡れちまったしなぁ‥もっかいやってやるよ」









優しくしないで







「─……おい?」








名前も呼んでくれないくせに








「−…っ‥泣いてんの‥か?」















痛いの
辛いの

でも、自分じゃどうしようも無い


























バチィ

















「──な?!!」

差し伸ばしかけた遊庵の腕が突然振り払われた
流石の遊庵もこれには驚き、弾かれた腕を空に浮かせた侭、呆気にとられて居る
眼の淵を潤ませたゆやの表情は辛そうに歪み、遊庵を見つめていた

―掛けようとした言葉が喉奥に引っ掛かる



だが、やがていたたまれそうに視線を背け、沈黙を保った侭歩き出した
外は以前、激しく打付ける雨


固まった侭見送って居た遊庵だが、歩幅を緩めず真っ直ぐ外へ向う後ろ姿に漸く我に帰った


「ちょ、待てよ!!」

「―っ!」

咄嗟に掴んだ肩がよりにもよって関節の結合部。
骨の軋む音が小さく響いたが、今は遊庵も、ゆや自信も、気にしては居られなかった


「やだっ!!」

「放せるかっ。どうしたんだよっ?!最近変だぞお前!!」

「─関係無い、あなたには関係無い!!良いから放してっ!!!」


「関係無くねぇだろっ、とにかく落ち着け、














っ──ゆやっ!」

「──っ」

叫ばれた二言に翡翠の双眼が震えた
散々抵抗した体が糸の切れたようにおとなしくなり、ずるずるとその場にへたりこむ

それを追って、遊庵も同じ目線へしゃがみこんだ


「…なぁ…、頼むからちゃんと言ってくれ。‥嫌なんだよ‥…お前がそう言う表情してんの。」

「─っ‥…」

そっと髪を撫でられ、堪えて居た物がぽつり、ぽつりと頬を伝った








─限界だ












「…‥私は‥‥‥貴方にとって、何?」

「‥‥‥。」











ほたるさんの仲間?

単なる知合い?

家族みたいなモノ?













…‥そんなの、嫌なの









短い沈黙の中、ゆやは両の手を固く握り締めながら答えを待った
一秒が何時間にも感じる

しかし、開かれた口から零れたのは答えでは無く





「お前はどうなんだ?」



「─…え?」




逆に問われ戸惑いながら顔を上げると、何時もの砕けた笑顔とは対照的な、真剣な表情がそこにあった





「お前にとっての俺は何なんだよ…‥螢惑の師か…‥仲間か‥‥それとも単なる知合いか‥‥?
──何で、気付かねえんだよ。鈍感にも程があるぜ。」

「な!!?」


吐き捨てる様に呟かれた言葉が理解出来ず、涙眼の侭眉を寄せる


「何よ、それぇ‥‥。全然、分かんないよ‥私が子供だって事。」

「違ぇよ・・。
お前‥何で俺が毎回、わざわざ螢惑等の居ない時に来てると思ってる?」

「‥‥?」



心底不思議そうに首を傾げたゆやに、嗚呼やっぱり分ってねぇとうなだれた

「っ‥だから、」





一呼吸置いて、角張った掌がゆやの頬に触れた‥─その刹那












視界が紅に染まり
吐息が伝わり



口元には温もりを感じた












触れるか触れないかの軽く、優しい



けれど押さえ切れない情熱が伝う口付け










(‥‥‥遊‥‥庵?‥‥‥‥‥‥―っ?!!)




思考停止したゆやが漸くそれに気付く頃には、既に体勢を戻した遊庵が悪戯な笑みを浮かべて居た



「理解したか?」

「─――ッ!!!!!」 


その一言に、顔が、耳まで真っ赤に染まる
疑いを含んだ視線を投げ掛けたが、遊庵の表情は笑みを作りながらも何処か真剣だった

「‥本当鈍感だな‥。俺がどれだけ猛アプローチ掛けてたか分ってねえだろ?
なのにいきなり態度が冷たくなるわ、会いに行った時はいっつも賞金稼ぎでいないわで、避けられてんの・・正直しんどかった。」






何時も見せる余裕な態度も唯の虚勢でしかなかい


興味の無いフリをして、内心では何度も何度も口付けて、名を呼ばせ、掻き抱いた。
そうでもしてなきゃ、可笑しくなりそうだった。




『治療不可能な中毒者。』



想いを自覚する度に、そう自嘲する日々







――限界だったのは俺の方だ。


そう囁かれ、一時は止まっていた涙が、止処なく溢れ出す





悲しいからでも切ないからでも無い、
嬉しいのかもまだ良く分からない。



唯々、純粋に泣きたくなった。




「――っゆ‥あ…‥‥‥遊‥‥庵‥‥‥‥。」




――ずっと想ってくれていたのに…










気付かなくてごめん。







消え入りそうな声で、確かにそう呟いた


遊庵は柔らかな笑みを見せ、
泣きじゃくるゆやの髪を愛しげに撫でながら、そっと抱き寄せた



歓喜で自分も泣いてしまいたい衝動を、ぐっと堪えて
此の上無い、心からの喜びを噛み締めて



「それじゃあお詫びのつもりと思って‥‥‥」


そう言いながら、掻き揚げた金糸から覗く双眼は、潤みながらもはっきりと遊庵を捉えていた








ゆっくりと閉じられる翡翠

熱の篭る腕








吐息が重なる瞬間、どちらとも無く囁かれた。













 「      。」
























それはそれはとても甘い響き・・・。
























________________________________________________
終われ。

ぐあっ。鳥肌ガ・・・・。

2006・3/19



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