傍に居られるだけで満足

なんて、自分を押さえる為の単なる言い訳だ
本当に愛しているのなら傍に居るだけじゃ物足り無いに決まってる

かといって簡単に踏み込め無いのもまた、愛しているからなのだが






 純愛盲目青年。





「今日も‥星徒会?」

落胆を隠せない表情でゆやは目の前の男を恨めしそうに見つめた

只今の時刻は午後三時ちょっと過ぎ
地獄の6時間授業終了を告げるチャイムが鳴り響く中、教室や廊下は嬉々とした生徒達で賑わって居た

移動教室の帰り
二年の教室前を歩いて居たゆやも授業が終わった解放感と偶然に辰伶に会えた嬉しさとで満面の笑みだったのだが

『すまない…今日も遅くなる』

この一言で一気に気分も表情も180°変わってしまった

「最近色々と忙しくてな。暫くは一緒に帰れそうに無い」
「‥そう…星徒会も大変だね。ね、待ってちゃ‥駄目?」
「いや…何時終わるか分からないから先帰ってくれ。下手したら下校時間も過ぎる」
「……うん。」

小さく頷き、ゆやは複雑そうな笑顔を見せた
その表情に少し胸が痛んだが、声を掛けようとした所で再びチャイムがなる

「─あ、HR始まっちゃう!じゃあね辰伶!!」
「あ‥ああ‥」

ひらひらと手を振りながら掛けて行く背中を辰伶はぼんやりと見送っていた



ゆやと付き合ってから随分と経つ
お互い真面目と天然な性格の為一向に進展は無い上、
恋敵から色々と邪魔もされるがそれでも幸せ過ぎるくらいの日々を送って居る 
今の侭でも十分文句は無いが何か‥物足りない
好きで無くなった訳では断じて無い。むしろその逆で、
傍に居れば居る程自分の知らない感情がどんどん剥き出しにされて抑えられなくなる

此所最近、辰伶はその事について自問自答を繰り返して居たのだった
兎に角はっきり、何なのか分かるまではゆやと会うのを堪えようと、星徒会の仕事を殆ど引受け
二人きりの時間を作らない様にして居た

その甲斐あってなのか、近頃じゃ昼休みでさえ会う事もままならない
なのに、胸のつかえは取れる所か酷くなっている気がする







「何なのだ一体‥」

―放課後の星徒会室

募る苛立ちを誰に言うでも無く、溜め息で逃がす

片付いた書類を片手にふと、窓の外を見た
明方の曇り空から大体予想はして居たがやはり外は大雨
傘は持って来て居るのでさして困る事は無いが靴やら鞄やらが濡れるのは好ましくない
遅くなればなる程酷くもなりそうだったので今日は早めに帰る事にした
早めに‥と言ってもとっくに外は真っ暗だが

「お〜辰伶。まだ残ってんのか?御苦労なこった」

片付けを始めた所で、労いのカケラも無いお気楽な声がカラカラと響いた
僅かに眉を顰めて、辰伶は声の主へ顔を向ける

「遊庵先生。」
「まぁまぁ‥そんなに嫌そうな顔すんなよ」

ひらひらと軽く手を振り、扉に凭れながら嫌味に笑う
遊庵が此所に来る理由は大方想像がついた

「‥ゆやなら居ませんよ。先に帰った筈です」
「お‥喧嘩でもしたのか?」
「遊庵先生が喜ぶ様な事にはなって居ませんのでご心配無く。」

イヤミにはイヤミで。

言う様になったなぁと皮肉る遊庵に構わず、手早く片付けを終えた
毎回毎回言われ続ければ自然と慣れるものだ

「…ま、良いけどよ。─けど辰伶、あんま自分勝手だとその内ゆやも愛想着かすぞ?」
「な…どう言う意味ですかっ!?」
「別に〜。只の嫌味だイヤミ…俺もこの後用事在るから帰るわ。っと、…そうそう、見回りまだしてねえみたいだな。
下の階の電気付けっぱなしだぞ。」

来た時と同様、ひらひら手を振りながら遊庵は足速にその場から消える
残された辰伶はと言うと、嫌味とも忠告とも取れる意味深な言葉が響いて暫くその場で動けないで居た


自分勝手?
愛想を着かす?

そんな事、ある筈が無い。

確かに…最近は忙しくてかまってやれないで居るのも事実だが、ゆやだってちゃんと分かってくれている
一度も文句を言った事は無いしまして態度が変わった訳でも

「そうだ、ありえない。」

気を持ち直すと、ふっと愛しい恋人のすがたが脳裏に浮かんだ
しかしふいに…ほんの些細な事だが、浮かんだ笑顔に違和感を感じた

―違う?

何時もの彼女らしい、暖かな笑顔が浮かばない
代わりに脳裏を過るのはどこか切なげで、寂しそうな若草色の瞳だけ

─何故、どうしてそんな顔をして居る?

「―っ」

言いかけてやっと気付いた。
蘇るのは今日、笑いかけるゆやに対して返した己の言葉。
今日だけじゃない。此処最近、自分は彼女であるゆやに対して余りにも素っ気無く接して居た。

あの瞳は今迄、自分が見て見ぬフリをしていたゆやの気持ちだ
甘えてくる彼女を突き放す度、笑顔で隠しきれない、寂しさを象った瞳を見たくなくてずっと逸らしてばかり居た

それがどれだけ彼女を傷付けていたことか

「っ俺と言う男は‥」

ダンっと勢い良くドアを開けるとその侭一年の教室へと駆け出した

"下の階"は一年の教室
もしかしたらとゆやのクラスへ急いだ

「―っ‥」

思った通り、教室は明るい
珍しく上がった息を整えて辰伶はそっとドアに手を掛けた



この平たい冷たい板の向うに居るのが彼女で在って欲しいと願いながら



 →後編


2005・8/30



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