紅い雪






ぱたぱたと狭い部屋を駆け回る小さな足音に望は目を覚ました

何事かと思い微睡む体を起こして辺りを見回せば、未だ払暁だと言うのに
小さな小さな、可愛い妹が掛け布団を体に纏い引摺りながら一生懸命戸口へ向かって居るでは無いか

「……ゆや?」

一体どうしたのか…急かす様に動く背中に問掛けるとゆやは驚いたのか肩をびくつかせて望を見た

「にいさま…起こしちゃってごめんなさい…」

「気にして無いよ。それより…どうしたんだい?まだ起きるには時間があるじゃないか…」

眠れないのかいと聞くとゆやは大袈裟な位大きく首を振る
そして何処か興奮した感じで、袖を引き望を窓へと誘った
障子越しに見える外の世界はぼんやりと鈍く明るい

「あのね、あのね、さいしょは寒くて目がさめたの。それでね、外をみたら。」


雪が─




「――っ!」

開けた視界から見えた景色に、望は目を見張った
しんしんと一切の音を消して降り続くとても綺麗でとても珍しい

淡い、赤い雪

きらきらと月明りに反射して輝くそれは幻想的で美しくもある
しかし望にはとても恐ろしく思えた


赤は怖い

絶対的支配者の瞳
迫り来る己の死への暗示
逃れられない運命を見せ付けられている様で、怖かった


「にいさま、さむいの?だいじょうぶ?」
「っ、、」

はっと我に帰り顔を上げるとゆやが泣き出しそうなくらい不安気な表情をしていた
自分はそんなに険しい表情をしていたのか‥無意識に伸ばした掌で顔を覆うと、うっすらと汗が吹き出している

落ち着けと自分に言い聞かせ呼吸を整えた

「あ‥‥大丈夫…大丈夫だよゆや。」

何とか笑顔を取り繕うもゆやは感受性の人一倍強い子で、曇った表情を晴らそうとはしない
もしや自分が起こしてしまったからかと思い、とうとう泣き出してしまった

「ふぇ…にいさま‥」

ぽろぽろと零れ落ちる泪を拭いながら小さな身体で必死に望に縋り付く
起こしてごめんなさい。と繰り返し繰り返し呟いた
「‥ゆや」
しがみ着く背中をそっと抱きすくめて優しく宥めた
自分の為に綺麗な泪を流すゆやを見るのはとても辛い

望は静かに眼を閉じて外の世界を追いやった。暖かな体温だけを感じる為に


「ゆや、泣かないでおくれ…ゆやが泣くと兄様まで悲しくなってしまうよ…。兄様はゆやの笑った表情が大好きなんだ。」
「ひっく…ほんとぅ‥?」
「兄様は嘘つきかい―?」
「っううん!!!」

ぎゅうっと着物を握り締めて精一杯の否定の意思を示す
その仕草の一つ一つが一生懸命で優しくて、愛しくて望は目元が熱くなった
泣かせてすまないと何度も胸中で繰り返しては己の小ささを罵る

「にいさま、あのねっ、ゆやもおんなじなの。…にいさまがかなしいおかおするの…ゆやもイヤだよ‥」
「…ゆや」
「だからね、にいさまもわらってねっ!」

目元を赤く腫れさせた侭、溢れんばかりの笑顔を向ける
余りにも無邪気で屈託の無いそれは、望にはとても眩しくて

何故だか無性に嬉しかった


「にいさま…かなしいの?」
「‥此れは嬉しい涙だよ。」

「…?うれしいのになくの?」

分からない。と言った表情で小首を傾げる姿が可愛らしく、望は思わず苦笑を零した
本当に、心の底から穏やかに笑えた

大好きな兄が笑ってくれた事に、ゆやも嬉しそうに望に甘え縋る。
子猫の様に擦り寄ってころんと膝の上に寝転んだ
時刻が時刻なだけにうとうとと始めた少女はそれでも望の着物を握り締めたままで離れようとし無い
此の侭では風邪を引いてしまうから、自分も動けないから、寝返りを打ったら畳へ落ちてしまうから‥様々な理由を付けて
ゆやを布団へ寝かし付けようと思うけれど只々それらの考えが脳内を巡るだけで望は動けなかった。動きたくなかった

限り在る命と知ってしまったからこそゆやとの一瞬一瞬が愛しくて溜まらない

今日だけはと言い訳をして望は葛藤する頭を静めた。
せめて風邪を引かない様にと、布団を手繰り寄せて寝息を立てる背中に優しく掛けてやる

開けた障子も閉めようと手を掛けた‥相変らず、世界は真っ赤で幻想的で不気味で。
けれど光も差していた。

「―今夜は‥満月か」

神々しいまでに赤黒い空で光り輝くそれに望は薄く目を細めた
隙間から差し込む月明かりは何処か儚く、暖かい。まるでゆやの様だと思った
親馬鹿だな‥と眉を下げ苦笑を零す

ゆるゆると過ぎて行く穏やかな時を、やはり穏やかな笑みで望は噛み締めてた




明日は早起きして、ゆやと外へ出よう。
雪だるまを作って・雪道を散歩して‥楽しそうにはしゃぐあの子の笑顔が見たい

キミが泣くなら私も泣くよ
キミが笑うなら私も笑うよ
キミが願うなら私も願うよ


キミの背を生きる道しるべに、私は歩いているのだから










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*捕捉トリビア

赤い雪‥雪が消える3月ころ、降ってきた砂のために、白い雪が赤い色に変わること。(黄砂現象)
    黄砂は中国大陸からジェット気流に乗ってきます。



某氏さんへ。

タイトルからしてイヤガラセと言いますか宛て付けと言いますか/滝汗
余りにゆんゆやが書きあがらないから繋ぎとして書いちゃいました。
のんゆや…難しい。
Yさんがこの小説を読まない事をさり気無く祈ります。(でも愛してまs/切)(逃)

『walking proud』―好きです。

2005・6/16



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