キンコンカンコン。
終業を告げるチャイムの音。
がたがたと席を立つ音、ざわめき声。
―やっと終わった。
一日の授業を終え、うーん、とゆやは背筋を伸ばしました。あとは帰るだけ。
そんな帰り支度を整えた、ゆやの周りに漢たちが集まりだしました。
目的はもちろん決まっています。
「ゆやは〜ん、一緒に帰―っ!?」
「抜け駆けは禁止よぉ〜?」
笑顔とは裏腹に、振り下ろされた手痛い一撃。沈む漢がまず、一人。
さらに、ずらりと控えるクラスメイトたち。
目的は、ゆやと一緒に帰ること。『みんなでいっしょに帰る』という考えは欠片も過ぎりません。
一触即発の気配が立ち込め、さぁ、死合の始まりです。
「あら、ゆやちゃん」
そのとき、場にそぐわない、ふんわりおっとりとした声がしました。
さらりとした黒髪が美しい、神秘的な雰囲気を持つ女性。
まるで周りのことを気にする素振りも見せず、落ち着いた足取りで漢たちの間を抜けていきます。
一同は毒気を抜かれたように、朔夜が通り抜けていくのを眺めていました。
そうしてゆやの側までやってきて、朔夜はにこりと微笑みます。
それは、甘い甘い笑みでした。
つられるようにゆやも微笑み返します。
「朔夜姉様」
「ゆやちゃん、今日一緒に帰らない?」
「はい!」
朔夜が手招くのに嬉しそうに駆け寄るゆやを、唖然としながら見ている漢たちがいました。
いいえ、優越感に勝ち誇った笑みを浮かべる朔夜を、唖然としながら見ている漢たちがいました。
そっと朔夜はゆやの耳を塞いで、漢たちにそれぞれ視線を向けて―
「この子に手を出したら…判ってるわよね?」
ひゅぅぅっ、と一陣の風が通り過ぎました。
―その顔は笑っているのに。
漢たちはひやり、と背筋が凍る思いをしました。
気圧され、みっともなく狼狽している隙に、朔夜はさっさとゆやを教室から連れ出します。
―このまま真っ直ぐ帰るのも勿体無いわね。
どうしよう、やっぱり買い物かな。
可愛い服とか着せたいな。
「ねぇ、ゆやちゃん…」
寄り道コースを考えて、妹の喜ぶ顔を想像して振り返った瞬間、朔夜は思い切り眉を顰めました。
逆に、ゆやはぱあっと顔を輝かせます。
「望兄様」
―と、そこに現われたのは、黒髪の数学教師。切れ長の目がとても印象的です。
朔夜とはそれはよく似た雰囲気で、誰が見たって二人は兄妹と分かります。
一方、ゆやは色素の薄い髪に碧の瞳。
時折、「朔夜に似ている」とは言われますが、実はゆやは椎名兄妹とは血の繋がりのない赤の他人なのです。
ゆやは幼いとき、椎名家に養子としてやって来ました。
頼るものもなく、不安げに揺れる瞳。
小さくか細い声で「兄様」「姉様」と言われた瞬間、二人に衝撃が走りました。
そこは兄妹共通なところです。
自分が守ってやらなければ、という自分勝手な庇護欲。
二人は、ゆやが初めて椎名家にやって来たその日から、ゆやを溺愛しているのです。
そして、独占欲は剥き出しに、ゆやの愛情を勝ち得ようと互いに牽制しあうようになり、望と朔夜、兄妹の間柄は見事拗れました。
そんな訳で、望はすぐ側にはもう一人の妹・朔夜がいるのに、あからさまに無視です。シカトです。
視界にはどうやら、ゆやしか眼に入っていない模様。
「ゆや、もうすぐ仕事が終わるから待っててくれないか?一緒に帰ろう」
「あら。だめよ、兄様。ゆやちゃんは私と今すぐ帰るのよ」
「―何だいたのか。お前は一人でも帰れるだろう。一人で家に帰れ」
「まあ。兄様ったら。兄様こそお一人で帰ったらどうです?」
「ゆやは兄様と帰りたいよな?」
「ゆやちゃん、私が先に約束したのよね?」
「…えっと、3人で一緒に帰るというのは…」
ゆやのどんな小さな呟きだって聞き逃さない二人なのに、その言葉にはまるで聞こえない、といったように微笑みながら聞き流します。
ははは。
ほほほ。
白々しく笑う二人。
ゆやは鈍感な子です。しかし、最近になってようやく二人の仲が決して良いものではない、ということに気が付きました。
目がちっとも笑ってのです。
ゆやはその間で、そっと溜息をつきました。
―大好きな二人。
自分をとても可愛がってくれるのは嬉しい。
なのに、どうしてこんなに二人は仲が悪いのだろう。
―ただ幸運なことに、ゆやは犬猿もただならぬ二人の仲の原因が、自分にあることには思いもしません。
「そのお年で未だ独り身、女の気配すら感じさせないなんて、可哀想な望兄様」
「その台詞はそっくりお前に返させてもらうよ。それに私にはゆやがいる」
「あらあら、ゆやちゃんは一体、いつから望兄様のものになったのでしょうね。
―そういえば兄様には早死の相が出てらっしゃること。兄様亡き後は、ゆやちゃんの面倒はすべて私が引き受けますので安心なさって」
ますます白熱する兄妹の抗争と哄笑の中、手出しは不可能と思われました。
「…椎名さん、日直の仕事が残ってますよ。一緒に来て下さい」
そこに現われたのはゆやの担任・ひしぎでした。
ちらりと兄妹を一瞥して、変わらない表情のまま、ゆやを招き寄せます。
「ひしぎ先生!」
ぴりぴりとした空気の中、救いを得たかように、安心したゆやが駆け寄ります。
ひしぎは自分に向けられた、ものすごい殺気をふたつ感じました。
しかし、太四老最強の肩書きは伊達ではありません。
ゆやを連れて、その場を立ち去って往きました。
さしたる会話もなく、二人はしばらく歩きました。ひしぎは無口です。何となくゆやも話すのを躊躇っていました。
ひしぎは多くの教師、生徒から恐れられている存在です。
―と、生物準備室の前で、ひしぎは立ち止まり、扉を開けました。ゆやもひしぎの後から教室に入りました。
かたん、と扉を閉める音はやけに大きく響きます。遠くなったざわめき。夕焼け。二人きり。
気まずい空気にゆやが切り出しました。
「先生、仕事って…?」
「ああ、嘘ですよ」
「えぇっ?」
平然と答えてのけるひしぎにゆやは驚きを隠せません。
「―困っていたようでしたから」
兄と姉に挟まれて。
いけませんでしたか、と静かな平坦な声音でひしぎは言いました。
「い、いいえ!ありがとうございます」
「…」
そのときです。ひしぎの表情にゆやは目を見張りました。
微かにですが、彼が笑った気がしたのです。
そこにそれ以上の感情を読み取ることはできませんでしたが、ゆやは嬉しそうでした。頬をほんのり紅く染めて。
あとがき
お誕生日おめでとうございます、やなぎさんv
お誕生日リクに「椎名兄妹、ゆや争奪戦」を頂きました。
「壊れた兄妹」が良いとのことで、すっごく書いてて楽しかったですv壊れてるというか泥沼というか。
侍学園ですいません!
時間はありませんでしたが愛は込めました。
Happy Birthday やなぎさんv大好きですvvv
05/05/07
四葉さん〜vv有難う御座いますvvうっはうっはのドッキドキ☆な乙女の気分です!
初対面なのに親しくさせて頂いて有難う御座いましたvvお泊りに乱入までしてしまい今更ながら恥と思っています。死
のんゆや万歳vv壊れ兄弟×超可愛い義理妹設定大好きです!水面下で激しく争っているがいいさ椎名兄妹!!(褒め言葉)
個人的にひしぎ先生に胸キュンでしたv
嬉しいです〜vv嗚呼‥し・あ・わ・せ・vデレデレ
素敵なプレゼントを有難う御座いました!!!土下座
2004・11/20